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池上線沿線の人と人をつなぐ“街の本”

街×人 インタビュー「街の手帖 池上線」編集長・針谷周作さん

池上線沿線の街を、街に暮らす人ならではの視点で切り取って紹介する本『街の手帖 池上線』。編集長の針谷周作さんは、ローカル文化誌の取材を通して、人と人をつなぎ、さらには池上線沿線の街に密かなムーブメントを起こしています。「最近、池上線沿線がアツイよね」なんて言葉を耳にすることがあったら、実はこの人のお陰かも。そんなことは無自覚の針谷さんにお話を聞いてきました。

  • 針谷 周作さん
針谷周作さん
はりやしゅうさく
東京の南、池の近くの本を作る会社「コトノハ」の代表で編集者。2013年に創刊した池上線沿線のローカル文化誌『街の手帖 池上線』(季刊/2016年10月現在21号まで発行)の編集長を務める。2014年、この雑誌の企画から生まれた長原の和菓子店・wagashi asobiの単行本「わがしごと」を出版。

創刊のきっかけは“地元の人と話す楽しさ”に気付いたこと

『街の手帖 池上線』は、2016年10月現在、21号まで発行されています。21号からは季刊誌として、年4回発行されます。
誌面では饒舌でも、自身がインタビューされるとなるとそうはいかない様子。こちらからの質問に照れ笑いを浮かべながら、丁寧に答えてくれました。
6号の“本”特集をきっかけに始まった「移動式出版社」企画。針谷さんと大村タイシさん(写真)が、『街の手帖 池上線』ののぼりを持って沿線の街を巡りました。これは目立ちますね……。(写真提供:街の手帖 池上線)

──『街の手帖 池上線』の刊行がスタートしたのは……。

2013年の春です。創刊号は3月28日発行ですね。

──どういったきかっけで、このような池上線沿線をテーマにしたローカル誌を作ろうと思われたんですか?

2011年にコトノハという出版社を立ち上げて、この辺り(池上線の洗足池駅近く、そして現在は長原駅近く)に事務所を構えたのがきっかけですね。せっかく会社を始めたんだから何か自分たち発信の出版物を作りたいな、という思いがあったんです。ちょうどその頃、長原駅の近くに昔からある「兎」というスナックに通い始めまして。最近亡くなってしまった、現代美術作家の中西夏之さんが看板を作ったお店です。そこにいるお客さんと話をしてみると面白い方が多くて。そこで地元の人と話す楽しさを知ったんです。僕は池上線沿線でずっと暮らしているんですが、それまであまり地元の人と話す機会がなかったので、ものすごく新鮮だったというのもあります。その気持ちと本を出したいっていう思いがひとつになったんです。池上線がテーマの定期刊行物は存在しなかったから、じゃあ自分が作ろうって。最初は第2号が出せるかどうかもわからない状態でのスタートだったんですけどね(笑)。

──それが3年半後の現在(2016年10月)も、ちゃんと続いている。最初に手応えを感じたのは、どの号あたりですか?

11号で蒲田特集をやったときですかね。「クリエイティ“部”タウン 蒲田を行く!」という特集を組んだんです。クリエイティブという切り口で蒲田を散策するっていう企画だったんですけど。それまでは食べ歩きとか飲み歩き的なところで特集をやっていたんですが、この11号では新しい視点で街を紹介することができました。これを出したとき、ちょっと読者層が広がったな、という手応えがあったんですよね。あとクリエイティブという意味では17号も。このときは「池上線×クリエイティブ。」という特集。池上線沿線の、たくさんのクリエイターの方に登場していただきました。

──2号から4号までの「小津安二郎の池上線」という連載とか。沿線の風景の中からアルファベット(に似た何か)を探す写真連載「街のABC」とか。「移動式出版社コトノハ」と書いたのぼりを持って街を練り歩く企画とか。池上線沿線のいろいろな街の面白さを再発見できる記事が満載で。

普通に本を作って売るだけじゃなく、ちょっと変わったことをしたいというのがあって。それで始めたのが「移動式出版社」という企画。創刊号から表紙を描いてくださっているイラストレーターの大村タイシさんと一緒に街を回って、その場で彼がスケッチをして、そして僕が『街の手帖』を宣伝したり売ったりする……という企画だったんですけど残念ながら現場では本は売れませんでした(笑)。でも、これを始めた5号くらいから街で声を掛けられることが増えて、だんだん知ってもらえるようになってきているな、という実感が出てきましたね。それに、のぼりを持っていると、お店の人が声を掛けてくれるんですよ。そんな思いがけない交流もありました。

出会いから生まれた「洗足池公園を囲む素敵なお店マップ」

洗足池の「井上書店」のご店主に、『街の手帖 池上線』の売れ具合や、最近の本事情について話を聞く針谷さん。
19号に掲載された「洗足池公園を囲む 素敵なお店マップ」。企画した「笛吹」の伊郷さん、「串ろう」の史朗さんは、『街の手帖 池上線』誌面の常連さんです。(マップ提供:街の手帖 池上線)
『街の手帖 池上線』は針谷さんが取材や飲みの場で仲良くなった、沿線のいろいろなお店で販売されています。洗足池の「八百屋 丸文」もそのひとつ。
「丸文」に立ち寄ると、「ちょうどよかった、針谷さん! 今度やるイベントのことで相談したかったの」と、おかみさんが駆け寄ってきました。

──『街の手帖 池上線』を発行していく中で感じる最大の喜びを教えていただけますか?

やっぱり、いろいろな方と知り合える、ということです。それが本当にうれしくて。池上線沿線で生活している人や、お店をやっている人と、たくさん話ができますからね。地元の書店の方と会話ができるっていうのも大きな喜びです。新しい号が出来上がったら、できるだけ自分たちで本屋さんに配本して回るんです。限られたスタッフゆえ、すべての書店を回れていないのが現状なんですが。

──読者とのコミュニケーションは?

ありますよ。お客さんが書店で僕らが配本しに来るのを待っていて、その場で直接交流できたり。編集部に電話がかかってきて、知らない方から電話で「一緒に飲もうよ」って誘われたり(笑)。直接、事務所に『街の手帖』を買いにくる方もいらっしゃいます。やはり小さな出版社だから、そういうことが気軽にできるのかもしれないですね。それと、さっきも言いましたが普通に街を歩いているときに声を掛けてもらうことがあります。取材をしたり写真を撮ったりしていると、『街の手帖』のことを知っている方が感想を伝えてくださったり。

──池上線沿線に『街の手帖 池上線』が、そしてコトノハという出版社が根付いている証しですね。ちなみに沿線に住んでいる方以外の読者っているんでしょうか?

いますよ。沿線以外にも、中野の「タコシェ」や下北沢の「本屋 B&B」、吉祥寺の「青と夜ノ空」、ローカル誌のコーナーがある池袋の「ジュンク堂書店」に置いていただいてます。あとは通信販売。かつて池上線沿線に住んでいた方が買ってくださるんです。この辺りで暮らしたことがある人って、ここを離れたあとでも、その街に愛着を感じ続けている方が多くて。池上線沿線って決して派手な所ではないじゃないですか。どちらかといえば地味。地味だからこそ、この辺りで一度暮らしたら、ものすごく愛着が湧くんでしょうね。自分もそうですが。

──沿線にあるお店の方とのコミュニケーションから生まれた企画はありますか?

19号に掲載した「洗足池公園を囲む素敵なお店マップ」ですね。「たこ焼 笛吹」の伊郷さんと、それから「炭火焼 串ろう」の史朗さんが発案者。二人から「街を盛り上げるために洗足池周辺のマップを作りたいんです。手伝ってもらえませんか?」と声を掛けられまして。それがきっかけで実現した企画です。『街の手帖』に載せただけではなく、拡大してマップ単独でも配布しました。

──針谷さん自身は、そういった“まちづくり”に関して、どのようにお考えですか?

まちづくりですか……関心がないわけではないんですが、特別に意識はしていないですね。強いて言えば、池上線沿線に住んでいる人たちが今まで見落としていたことを、少しでも気に留めてもらえるようになれば、という思いはあります。「洗足池公園を囲む素敵なお店マップ」に協力したことが、結果的に街のためになったのならうれしいです。

池上線沿線の本屋さんを応援したい!

「井上書店」も『本の街 池上線』プロジェクトに賛同する書店のひとつ。入り口には『街の手帖 池上線』のポスターが貼られていました。
レジの横には『街の手帖 池上線』コーナーが設けられています。ちゃんとバックナンバーも置いてありますよ。
「三州堂書店本店」の閉店ライブ。本がなくなりガランとした店内が、針谷さんやご店主たちの力で、ハートフルなライブ会場になりました。(写真提供:街の手帖 池上線)

──『本の街 池上線』プロジェクトについてもお聞きしたいのですが。第6号から現在まで続いていますね。

池上線沿線の本屋さんにがんばってもらいたいな、という気持ちから始めた企画です。今って個人経営の小さな本屋さんにとっては厳しい時代じゃないですか。だからこそ『街の手帖』を置いてくださっている沿線の書店さんを、なんとか盛り上げることはできないかな、と。池上線に関連した本を並べてコーナーを作ってもらったり。大村タイシさんが『街の手帖』のために描いてくれたイラストの原画を飾らせてもらい、欲しいという方に販売してもらったり。『街の手帖』のポスターを貼ってもらったり。池上線沿線の文化おこし、というような感じのプロジェクトです。

──書店を応援したい、というのは出版社の代表としての、もしくは編集者としての、ある種の使命感のような……。

いやいや、そんな大げさなものじゃありません(笑)。ただ単に、ひとりの本好きな人間として、やっぱり本屋さんが盛り上がっているほうがうれしいので。本屋さんで本を買って、それを手で持って読むのが好きなんですよ。ページをめくるときの指の感触も好きだし。紙の本を読んでいるときの、じわじわ込み上げてくるような独特の感覚も好きだし。ネットとか電子書籍で読むものって単なる情報になってしまう気がするんですよね……というのは、あくまでも個人的な意見ですけど(笑)。僕は学生の頃、どこかに出掛けるとすれば本屋さんで。別の用事で出掛けても必ず立ち寄っていました。会社設立前には、石川台にある「鹿島書店」という古本屋さんでお手伝いをしたこともありますし。今は、こうやって本を作っていますしね。もっと言えば本に救われた経験もあります。だから街から本屋さんが消えてしまったら嫌なんですよね。とはいえ少し前に、またひとつ本屋さんが閉店してしまったんですが。

──最新となる21号(2016年10月)の「ありがとう 三州堂書店 本店」というページ、拝見しました。温かい記事で感動しました。

ありがとうございます。雪が谷大塚にあった三州堂書店 本店さんの閉店に合わせてイベントをやったんですよ。フォークシンガーの保利太一さんが歌い、ハンコ作家のsanakoさんや大村タイシさんが作品を販売して。街の書店の最後の日に、参加した皆さんで「今までありがとう」という感謝の気持ちを贈りました。

──今年(2016年)7月に馬込図書館で開催された「『街の手帖 池上線』の挑戦」という講演会。これも『本の街 池上線』プロジェクトの、ひとつの成果なんでしょうか?

そう言ってもいいかもしれないですね。馬込図書館の開館45周年の記念行事として「地域で出版を行う人たちを招いてイベントを開催したい」ということで、当初はその一人としてご依頼を受けました。その後、打ち合わせをしていく中で、「『本の街 池上線』の活動をぜひ図書館バージョンとしてやってほしい」ということになり。僕の講演と、大村タイシさんのイラスト展が実現しました。書店でイラストを飾っていただいたことの拡大版として、20点以上の原画を二度にわたり展示したんです。12月には洗足池図書館での開催も決定しています。

落ち着いた沿線 だから人と人の交流が盛んになる

『街の手帖 池上線』の企画から生まれたwagashi asobiの単行本「わがしごと」は、池上線沿線のみならず全国で販売中。針谷さんの地域に根ざした活動は、全国へと広がりを見せています。

──これから先、この『街の手帖 池上線』をこんなふうにしていきたい、みたいな思いはありますか?

編集やライターとして本を作るのが我々コトノハの仕事なんですが。クライアントがいる仕事だと提案しても却下されてしまうアイデアがあるじゃないですか。そういうアイデアを取り入れられる面も『街の手帖』にはあって。逆に言えば自分がやりたいことをやるために作ったのが『街の手帖』なので、そういうスタート当初の気持ちを忘れずにやっていければいいですね。それと、今後は読み物を増やしていきたいと思っています。

──本が好きな人が手にとって“じわじわ込み上げてくるような独特の感覚”を味わえるように?

そうですね。それと、つい最近まで採算のことはあまり考えないで作っていたんですけど、これからはそこも考えるようにしたいですね。

──最後に針谷さんから見た池上線沿線の街の魅力を教えてください。

地味なところですかね(笑)。それは、つまり落ち着いているっていうことです。両端に五反田と蒲田っていう大きな駅があって、その間の街はそんなに目立たない。目立たないからこそ個人的な思い出がつくりやすい。個人同士の付き合いのようなものが多くなる。人と人の交流が盛んになる。その結果として街への思い入れが強くなる。そういったところが池上線沿線ならではの魅力じゃないでしょうか。地方から東京に出てきて、この沿線に住むようになった方が「人が温かくて田舎と同じ感覚のまま暮らせる」って言うんですよ。最初の話に戻ってしまいますけど、『街の手帖』が生まれたきっかけがスナックでの出会いだったように、住んでいる人たちが素晴らしい街なのではないでしょうか。

撮影:三浦孝明

更新:2016年11月10日 取材:2016年10月

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