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東急電鉄

地域を元気にするためのイベント「世田谷パン祭り」を練り上げる人たち

「世田谷パン祭り」関係者インタビュー

三宿四二○商店会の会長である間中伸也さんが仕掛け人となり、“地域のお祭り”として2011年にスタートした「世田谷パン祭り」。2016年の6回目には、5万人近い人が集まる日本最大級のイベントに成長しました。その企画や運営には、商店会の加盟店、ボランティア、地域の学校や団体などさまざまな人が携わり、イベントを盛り上げています。 今回は、各関係者にパン祭りとの関わり方、商店会の振興や地域への貢献など、街に対する思いをたっぷり語ってもらいました。

地域を巻き込みながらイベントを開催

パン祭り実行委員長の永井さん。かつてベンチャー企業の社長も経験した永井さんは、社会貢献性のある仕事に携わろうと、ものづくり学校に入社。現場を統括する事務局長を務めています。
パン祭りのメイン会場となる池尻小学校の体育館。地域の人や団体など街全体を巻き込み、より大きな規模のイベントにするため実行委員会が立ち上げられました。
パン祭り当日、ものづくり学校内で実施されているパンを学ぶ講座「世田谷パン大学」の様子。毎年参加者でいっぱいになる大好評コンテンツ。
パン祭りでは、普段ものづくり学校が行うイベントとは違う層の人が集まります。多数の人にものづくり学校を知ってもらえるという意味でも、開催する意義はとても大きいとか。

永井 光浩さん

ながいみつひろ
世田谷パン祭り実行委員長。メーカーや証券会社などを経たのち、廃校となった旧池尻中学校校舎を再利用した「IID 世田谷ものづくり学校」へ。学生時代、アメリカで流行したアダルト・オリエンテッド・ロック(AOR)という音楽に熱中し、いまだに愛してやまないという熱い一面も。

――永井さんは世田谷パン祭りの実行委員長ということですが、そもそも「実行委員会」とはどういった組織なのでしょう?

もともと世田谷パン祭り(以下、パン祭り)は、三宿四二〇商店会が立ち上げたものです。パン祭りは目的に地域振興を掲げてスタートしたのですが、より大きな地域イベントにするために、しっかりと地域の方々にメンバーに入ってもらえる組織をつくろうという話になり、3回目の2013年に実行委員会を立ち上げました。
メンバーは、三宿四二〇商店会、IID 世田谷ものづくり学校(以下、ものづくり学校)のほか、行政施設をはじめとする地域コミュニティの方々、近くにある昭和女子大学や食糧学院など団体の方々。それからメイン会場として使わせてもらっている池尻小学校にもメンバーに入っていただき、地域の方々が一緒になって方針を決めています。

――運営事務局という組織もありますが、そことの違いは?

実行委員会は、今お伝えした委員の方々が集まって毎年4月から5月ごろに1回目の委員会を開き、そこからその年のパン祭りの方向性を話し合っていきます。役割分担としては、大きな方針を実行委員会が決め、運営事務局が現場の細かいことを決めて実行していくといった形ですね。

――実際にパン祭りを開催して、街が変わってきたと感じることはありますか?

街のイメージが変わりました。これは個人的なイメージも強いのかもしれませんが、少し前の三宿というと、芸能人の隠れ家のような、夜に車で乗り付けて遊ぶ街といったイメージがありました。それがパン祭りを開催することで、明るい楽しい印象に変わってきたように思います。かつての夜の街といったイメージも残っていますが、そこにパン屋さんや専門店などの商店があり、ものづくり学校があり、さらに世田谷公園があって昼間に気持ちよく“街ブラ”ができるエリアというイメージが加わってきたように感じます。

――今後のパン祭りに対する思いを聞かせてください。

やはり地域振興のためのイベントですから、駅から離れていて何か目立ったアミューズメント施設もないこのエリアに何万人もの人が来て、街を知ってもらえるのはとても意味のあることだと思います。パンだけでなく、街の良さを知ってもらう。そして何度も街に足を運んでもらう。そんな仕組みとコンテンツをどんどんつくっていければと考えています。

商店会の加盟店として、パン祭りの盛り上がりを支え続けたい

三宿四二〇商店会の加盟店・コーヒー豆屋「NOZY COFFE」を経営する能城さん。同店は、豆をブレンドせず、産地や農園の味をストレートに味わうことができる“シングルオリジン”にこだわる三宿の人気店。
パン祭り・運営事務局の打ち合わせの様子。今年のコンセプトは「パンと恋」。それに合わせ「恋するパンみくじ」など、“恋”にまつわる企画を事務局のメンバーが考案していきました。
「三宿バル」で、三宿四二〇商店会の会長である間中さんが運営するハンカチ専門店「H TOKYO」に立ち寄った参加者たち。立食形式で、まるでパーティーのような楽しい雰囲気に。
「NOZY COFFEE」ではコーヒーカクテルのほか、商店会の加盟店のチーズやアップルパイを提供。三宿のおいしいものを一度に味わえる夜となりました。

能城 政隆さん

のうじょうまさたか
三宿四二〇商店会の加盟店「NOZY COFFEE」の運営会社である(株)NOZY珈琲の代表取締役。2016年開催のパン祭りより運営事務局に参加。開催に先立ち行われたプレイベント「三宿バル」の発案者でもある。学生時代はプロを目指すほど野球に没頭し、プライベートでは今も草野球に夢中だとか。

――能城さんは慶應義塾大学在学中に湘南台に「のーじー珈琲」を開店し、卒業後の2010年に、コーヒー豆屋「NOZY COFFE」をオープンしたそうですね。どうして三宿を選んだのでしょう?

学生時代には、「のーじー珈琲」以外に、中目黒にある和食屋さんでアルバイトもしていたんですね。そこで常連客に「三宿に遊びに行った」という話を何度か聞く機会があり、“格好いい大人が遊びに行くしゃれた街”というイメージを抱くようになりました。それで大学を卒業してコーヒー豆の店を構えるときに、そうだ三宿を見てみようと。実際に足を運んでみると緑が豊かでロケーションも良くて、「この街でおいしいコーヒーを飲みたい」と思えたのです。

――三宿四二〇商店会にはいつ加盟を?

商店会ができた翌年の2011年には加盟していました。実は大学で専攻していたのが「地域活性とまちづくり」だったこともあり、まちづくり活動にはもともと興味を持っていたんです。街でのコミュニケーションが希薄になってきている中で、コーヒー屋がどのような役割が担えるのだろうか、そんなことを模索していたときに三宿四二〇商店会のことを聞き、すぐに会長の間中さんに「加盟したい」と伝えました。

――パン祭りと関わりを持ち始めたのは?

1回目からです。ただ、関わり方としては他の店舗と横並びで、一飲食店として出店していただけでしたが、2016年から運営事務局にも参加するようになりました。ちなみに運営事務局は、パン祭りの仕掛け人である間中さんを中心に、ものづくり学校のメンバーや昭和女子大学の学生さんなどで構成されています。現場の細かいスケジュールを決めたり、実行委員会が考えたコンセプトをもとに実際のコンテンツを具体的にどうしていくかを話し合ったりしています。

――その中で能城さんはどういった役割を?

私は三宿四二〇商店会の代表のような立ち位置で参加していて、加盟店にメリットがあるコンテンツも実施しようとアイデアを出していました。そうした中で生まれたのが、パン祭りに先立って開催されたプレイベント「三宿バル」です。
これは、3種類のパンを持って三宿の街を練り歩き、加盟店の店舗でパンに合うフードやドリンクを楽しもうというイベントで、参加者に三宿の街と商店会をもっと好きになってもらうことが狙いです。ただ、自分の本業と平行してやるというのは、想像以上に大変で(笑)。やるからには、商店会全体にメリットがある内容にしないといけません。参加してくれた加盟店に平等にメリットが出るよう調整するのがとても難しかったですね。ちなみに「三宿バル」は、間中さんから「また開催しよう」と言われていて(笑)。今回はたくさんの課題も出ましたから、その辺りを改善し、今後も可能性を探っていきたいですね。

――いろいろなご苦労もあるパン祭りですが、開催するようになって商店会の中で変わったと感じることはありますか?

何よりも何万人もの方が街にやって来てくれます。それに対して、加盟店の多くが感謝の気持ちを抱いています。またそのイベントを商店会の会長である間中さんが企画したということもあり、商店会の結束力も高まりました。商店会に積極的に参加する加盟店も増えています。大変な面もありますが、そういう盛り上がりを考えても今後も継続していきたいですね。

100人を超えるサポートスタッフに“価値ある体験”を提供する

ボランティアについて話す河野さん。何か興味のあるイベントがスタッフを募集していたら、一般客として会場に行くよりも、スタッフとして参加する方が絶対に楽しいというのが、河野さんの持論。
「OPEN SAND」を集めて行われた、事前レクチャーの様子。この日は、校庭班、体育館班、公園班といった班分けが行われたほか、当日のしおりの配布や備品整理などが行われました。
事前レクチャーでの一コマ。「OPEN SAND」のメンバーを連れ、会場のものづくり学校内を案内して回る河野さん。
パン祭り当日。「OPEN SAND」のメンバーは、ガイドブックを販売したり、会場案内したり、行列に並ぶ人に細かく気を配ったり、さまざまな業務を分担しながら国内最大級のパンイベントを支えます。

河野 慎平さん

こうのしんぺい
「おもしろい」をスケット(助っ人)する「LLPスケット」のメンバーとして、パン祭りのボランティアスタッフ「OPEN SAND」の取りまとめを担当。三宿四二〇商店会事務局の運営支援を行う「合同会社Wonder for Bridge」にも所属し活動する。趣味は写真を撮ることと見ること。

――河野さんは、パン祭りにさまざまな形で関わっていますが、今回はボランティアスタッフを取りまとめる「LLPスケット」の活動について教えてください。

「LLPスケット」は、企画やデザインなど得意分野を持っているメンバーが集まり、主にイベントやワークショップに関わりながら、主催者の思いを形にするためのお手伝いをしています。もともと、ものづくり学校のボランティアで出会ったメンバーが集まり、2010年に結成されました。
パン祭りとのつながりをお話しすると、パン祭りの仕掛人である間中さんは、もともとものづくり学校の副校長。パン祭りを開催するにあたり、多くのボランティアスタッフが必要になるということで、間中さんが声を掛けてくれたんです。じゃあ、皆でお手伝いしようということになって。

――河野さんご自身は、どのような役割を?

私たちはボランティアスタッフのことを「OPEN SAND」と呼んでいるのですが、私の役割はこの「OPEN SAND」のリーダーとして全体を取りまとめていくことです。まずは、広くボランティアを募ります。集まったら今度は一人一人とメールでやりとりをして、説明会やイベント1週間前の準備作業、当日と前日の設営に参加してもらうよう導きます。基本的には私が窓口になり「OPEN SAND」のメンバーとやりとりをして、当日の運営は「LLPスケット」のメンバー全員で対応にあたる、という形ですね。

――今回はどういった人がどれくらい集まったのでしょう?

事前に申し込みいただいたのは130人くらいです。多いのは、まず学生さんですね。近くにある昭和女子大学がパン祭り初期から関わりがあって、その学生さんがたくさんお手伝いに来てくれるんですよ。あと多いのは社会人の方。地元の人だけでなく、他県からお手伝いに来てくれる方も結構います。
パン祭りの運営は、「OPEN SAND」の皆さんがいないと成立しません。例えば、当日は会場に入るのに最長で2時間近く待っていただく状態になります。列に並んでくださる方たちに「もう少々お待ちください」「待っている間にガイドブックはいかがですか」などと声を掛けたり丁寧に案内したり。そんな細かい対応がイベントの満足度につながっていくと考えています。

――そんな「OPEN SAND」に参加した人から、三宿の街について感想が出たりしますか?

このイベントの狙いの一つとしては、パン祭りを通して、街をもっと知ってもらい、パン祭り以外のときも足を運んでもらえるようにしたいというもの。それは「OPEN SAND」の皆さんに対しても同じです。私自身も説明会のときなどに街の話をして、活動後によければ街を歩いてみてくださいと言っています。
実際に聞こえてくる感想は、銀座などに出店しているお店の本店が集まっているエリアということもあり、「ここに本店があったんだ!」と驚きのコメントが多いですね。あとうれしかったのが、昭和女子大学の学生たち。彼女たちは普段、三軒茶屋方面にしか行かなかったそうなのですが、パン祭りを通してこちらのエリアの魅力に気付いて「皆で遊びに行こう」と実際に足を運んでくれているようです。

――今後のパン祭りに対する思いを聞かせてください。

「OPEN SAND」の皆さんに楽しい体験を提供できる場にしていきたいですね。2日間で5万人近い人が来るイベントの一翼を担い、普段の仕事や生活の中ではできない経験をする、そこに少しでも価値を感じてもらえるよう尽力したいと思います。

地域の学校として、街のにぎわいをつくるイベントに参加

昭和女子大学 人間社会学部 現代教養学科 鶴田ゼミの皆さん。奥から鶴田先生、堀之内さん、早川さん。
「ブーランジェリー ラ・テール」の職人と三宿三色パンの開発を進める堀之内さんたち。議論を重ねた末、忙しい朝を笑顔で過ごしてほしいと「にこにこ朝ごぱん」という名前に決定したそうです。
人間社会学部 現代教養学科ではもう一つ、粕谷ゼミが三宿のパン屋である「Signifiant Signifie(シニフィアン・シニフィエ)」と組み三宿三色パンを開発。鶴田ゼミと並んで、自分たちの企画したパンを販売しました。
「三茶・三宿まちなかプロジェクト」ではパン祭りのほか、フリーマーケットやイベントなどを開催する「三軒茶屋まち道楽」や、昔ながらの商店街を盛り上げる「したのやえんにち」といった活動もしています。

鶴田 佳子さん

つるたよしこ
昭和女子大学人間社会学部 現代教養学科 准教授。都市空間の活用と地域性をテーマに街に出て調査・研究する鶴田ゼミを担当。旅が好きで、その土地のおいしいものを食べるときが至福だとか。

堀之内 美里さん/早川 美咲さん

ほりのうちみさと/はやかわみさき
昭和女子大学人間社会学部 現代教養学科3年生。鶴田ゼミに所属。堀之内さんは、パン祭りで「三宿三色パン」を作るチームのリーダーを担当。早川さんは、昭和女子大学ボランティアの取りまとめを担当する。

――昭和女子大学では、鶴田先生のゼミがある人間社会学部と、生活科学部の2つの学部で、パン祭りに参加しているそうですね。それぞれの関わり方を簡単に教えてください。

鶴田
私たち人間社会学部 現代教養学科の鶴田ゼミでは、社会学的な観点から、どうしたら地域がにぎわうかということを研究しています。そうした活動の中で、大学周辺にある商店街や団体と共同で名物商品やイベントを企画する「三茶・三宿まちなかプロジェクト」を進めており、その三宿エリアの活動として、パン祭りに関わらせてもらっています。
生活科学部には、食の分野を専攻する学生たちの活動に「輝け☆健康『美』プロジェクト」があります。その活動の一つとしてパン祭りに参加し、毎年、地域のパン屋さんとコラボレーションしてパンを作り、販売しています。

――鶴田先生たちがパン祭りに参加するようになった経緯を教えてください。

鶴田
三宿四二〇商店会とつながりができた際に、間中さんから「何か一緒に活動ができませんか」と相談があったんです。それでこちらからアイデアを提案したんですが、その中に三宿三色パンのアイデアも含まれていたんですね。ちょうど同じタイミングで間中さんたちがパン祭りを企画していて、彼らも同じ三宿三色パンのアイデアを持っていたんです。こちらから提案するとびっくりされて、じゃ一緒にやりましょうと。

――お二人は何を担当したんですか?

堀之内
私は三宿のパン屋さん「ブーランジェリー ラ・テール」と一緒に、三宿三色パンの開発を担当しました。三宿は大人の街のイメージをもっていましたが、調べると子どもがいる世代も確認できて。それなら子どもたちのことを考えて提案しようと話し合いました。子どもたちに朝ご飯をちゃんと食べてもらえるよう「朝ごぱん」という名前にしたらいいんじゃないか、じゃあ、おかずと主食とデザートで三色にすれば、と発想を広げながら作っていきました。
早川
現代教養学科では、1年生からもパン祭りのボランティアを募集していて、私は、その取りまとめを担当しました。当日は学生だけでなく、一般のボランティアさんへの指示出しもさせてもらいました。そのほか、運営事務局の会議に参加するなど、いろいろな形で関わらせてもらいました。
今回はより深く関わるようになったこともあり、自分でも街歩きをしてリサーチするようになりました。そのうちに三宿の街がもっと好きになって(笑)。周りのみんなにももっと知ってほしいという気持ちが強くなりました。

――最後に、鶴田先生の思いをお聞かせください。

鶴田
今は、自分たちが住む街や地域を知ろう、という意識が希薄化している気がします。でも実際に関わってみると、面白いんだよということを伝えたいですね。街と関わる経験を一度でもしておくと、社会人になり、別のエリアに住んだときにも、自然と街と関わりを持てるようになる。単に街を好きになるだけでなく、街や人と関わる楽しさを知ってほしい。学生たちには、そんな経験にしてほしいですね。

更新:2016年12月7日 取材:2016年10月

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