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音と絵と語りでつたえる“川崎の昔ばなし”

街×人 インタビュー「おと絵がたり」代表・加藤妙子さん

ホーホーホー。森にこだまするフクロウの声。ドロドロドロ。嵐のように現れる化け物。ピーヒャララ。今にも踊り出したくなるおはやしの音色。そんな音を背景に、緩急高低さまざまな調子で語られる物語。スクリーンに映されたモノクロの影絵は、イマジネーションでみるみる色彩豊かに――。そんな不思議な魅力を持った“音”と“絵”と“語り”で川崎の昔話を伝える『おと絵がたり』とは? 代表の加藤妙子さんにお話を聞きました。

  • 加藤 妙子さん
加藤妙子さん
かとうたえこ
オリジナルの絵や絵巻、音楽、語りを用いて、川崎に伝わる昔話や童話などを伝承する『おと絵がたり』の代表で影絵作家。川崎市をはじめ神奈川・東京の公共施設や小学校などで上演やワークショップを行っています。本業はイラストレーションを中心としたデザインワークを行うデザイナー。趣味は音楽で、篠笛を習得中。お気に入りのアーティストは「U2。レッド・ツェッペリン。あとピンク・フロイドとかイエスとかプログレも大好きです!」。

音と絵と語りによる“心のごちそう”

スクリーンに映された影絵に、抑揚ある語りと音楽をつけていくのが『おと絵がたり』のスタイル。わかりやすく例えるならば、「日本昔ばなし」のライブ版といった感じでしょうか。
「たまがわのフクロウの話」は、かつて多摩川にたくさんいたフクロウにまつわる昔話。等々力不動尊近くにある弁天池の弁天様も登場します。
川崎市中原区に伝わる昔話「たぬきの火の用心」。おしょうさんの言葉に、たぬきが狸寝入りする、なんともかわいいシーンがあります。『おと絵がたり』のメンバーが着ているTシャツに描かれているのもこの作品のたぬき。

――“おと絵がたり”というのは何なのか?という基本的なところから質問させてください。

音と絵と語り。この3つを全部一緒にやる。この3つで表現をする。ということを伝えたくて『おと絵がたり』という名称を考えたんです。そのままの名前ですけど(笑)。

――これはパフォーマンスのジャンル名のようなものだと考えればいいのでしょうか?

そうですね。それと同時に私たちの団体名でもあります。わかりやすく伝えるために「きいて、みて、たのしむ お話」というキャッチフレーズを付けたり、それから「おはなしの“心のごちそう”を つくり つたえ つながり 温かい“まちづくり”活動を行っています」という説明を加えたりすることもあります。ちなみに“心のごちそう”というのは萩坂昇さんという作家の方が考えた言葉です。もう亡くなられているのですが、ずっと川崎の昔話を中心に収集したり、またご自身で執筆したり、という活動をされていた方です。その萩坂さんが「心のごちそうが昔話の中にあるんだよ」というようなことをおっしゃっていて。すごく大切な言葉なので、私たちもこれを伝えていくことにしました。

――音。絵。語り。それぞれについて、もう少し詳しく教えていただけますか?

それでは、まず絵から。表現方法としては影絵です。紙を切ったり絵の具で遮光したり、という手法で絵を描きます。1枚ずつ描く場合もありますし、そうではなくて長い絵巻の状態で仕上げる場合もあります。そして音に関しては、これは物語に合わせたオリジナル曲を作ります。効果音も大切な要素ですね。そして語る文に関しては、再話という形式をとっています。語り伝えられてきた昔話には、いろいろなバリエーションがありますから、おと絵がたりのスタッフが、おと絵がたりの表現に合わせて作り上げていきます。ただ萩坂先生の本の中の物語のときは、そのままの文章を使わせてもらっています。

――川崎に伝わる昔話で加藤さんが特にお好きな作品は?

たくさんあります。たとえば「たまがわのフクロウの話」。フクロウが昔話に登場するのって非常に珍しくて。とってもチャーミングで、どこかミステリアスでもある生き物じゃないですか。だから描きたいと思ったんです。それから「たぬきの火の用心」も好きですね。これは中原区の下小田中のお話なんです。地元の昔話では最も有名だと思います。たぬきが狸寝入りをする、というシーンがあるんですよ(笑)。

小学校の“読み聞かせ”が市民活動に発展

住吉小学校の郷土資料室で行っていた絵本の読み聞かせが、『おと絵がたり』の活動の原点。
ロールフィルムに絵を描き、オリジナルの絵巻装置を使って、手回しで上演することも。手作りの長い長い絵巻物は圧巻です。
使用する楽器は、キーボードに、篠笛や太鼓といった和楽器、民族楽器とさまざま。さりげなく置かれた扇子は、鳥が羽ばたく音を出すのにぴったりなんだとか。
「たまがわのフクロウの話」に合わせて行ったフクロウの笛を作るワークショップ。空き缶とストローというシンプルな作りながら、ホーホーといい音が鳴ります。作ったあとは、笛を使って子どもたちも上演に参加!

――ちょっと時間を巻き戻させてください。『おと絵がたり』が誕生するきっかけは何だったんでしょうか?

小学校の“読み聞かせ”が全ての始まりなんです。川崎市立住吉小学校。そこに子どもが通っていたとき、保護者の中から学校の図書委員を募ってまして。それに私が応募したんです。そうしたら担当の先生から「整理だけじゃなく、せっかくだから子どもたちに本を読んであげてください」と言われて。国語の時間に、この学校にある郷土資料室で“読み聞かせ”をやるようになったんです。そこからだんだん発展していきました。

――単なる“読み聞かせ”から、どのような過程を経て“おと絵がたり”になっていったんですか?

国語の図書の授業の一環だったので時間が45分もあったんです。だから、たっぷりお話を読むことができたんですが、そのうちに読むだけじゃ物足りなくなってきたんですね。それで効果音を入れてみたり、ちょうど三味線が上手なお母さんがいらっしゃったので、その方が音楽を付けたり、そういうふうに物語を盛り上げるようになっていって。それから、その郷土資料室というのは薄暗い場所だったんですよ。昔の農具が置いてあったり、いろりや土間が再現してあったり。そんな場所なので昔話にはぴったりだったのですが、ちょっと暗かったんです。ですから低学年に向けて絵本を見せながら読むようなときには、その本の絵が見えづらくて。そこで、OHPというプロジェクターを使うようになったんです。私は本業がイラストレーターなので「子どもたちのために何か描いて、それを映してやってもらえませんか?」って先生に言われまして。というようにして、ただの“読み聞かせ”に音や絵が加わっていったんです。それが2003年ごろのことですね。

――学校を飛び出して活動するようになるのは?

2004年です。その年に第1回本公演をやりました。川崎市が市民自主企画事業というものを募集していて、それに応募したんですよ。でも最初は市民館の方に「そういうサークル活動はよそで行ってください」というような厳しいことを言われました(笑)。じゃあ、私たちは趣味で続けていけばかな?と思って、諦めることにしました。そうしたら別の担当の方が「いや、やり方次第で、とてもいい市民活動に育ちそうな気がするんですよ。せっかくだから、ちょっと勉強してみませんか?」と声を掛けてくださったのです。それまで私は市民活動を特に意識したことがありませんでした。楽しくお話を伝える活動を仲間とやれたらいいなあ、というくらいの気持ちだったのです。それからは市民活動について、いろいろ教えていただいて。たくさんの書類と格闘して、なんとかやっと市民自主企画事業に参加することができました。萩坂先生の本や“心のごちそう”という言葉も、そのときに知ることができました。

――それ以降、より地域の昔話というものを意識するようになったわけですか?

そうですね。市民活動やまちづくり活動についても、積極的に考えるようになりました。市民館が主催するイベントなどでは、「ただ普通に上演するだけじゃなくて、多くの人が参加できるプログラムも入れてほしい」とリクエストをされることもあります。それにお応えするためにワークショップなどもやるようになっていきました。みんなで絵を描いて、それをその場で即興で上演したり。音の出る簡単な楽器を作って、それを演奏することで上演に参加してもらったり。いろいろなタイプのワークショップがあります。

最大の喜びは“作って伝えて、そしてつながる”こと

上演が始まるとすぐに作品の世界に引き込まれていく子どもたち。
独創的なフクロウの笛に笑顔をこぼす加藤さん。ワークショップ付きの公演は、子どもたちとの触れ合いが多く、笑顔がたえません。
「これなあに?」と楽器を見にきた男の子。公演後の交流も楽しみのひとつ。持っているのは嵐のような音がするストームドラム!

――『おと絵がたり』をやっていて最も喜びを感じるのは、どんなときですか?

一番うれしいのは、いろいろな人とつながることです。最初のほうで少し言いましたが“つくり つたえ つながり”っていうこと……これ全部“つ”が付くのですが、これを大切にしながら活動しています。だから今回のように取材していただいて、こうして出会えたことも喜びです。それから、やっぱり観客の皆さんが“心のごちそう”を一緒に味わってくださった、と実感できたときにも、とっても大きな喜びを感じます。上演が終わった後で子どもたちが感想を聞かせてくれることがあるのですが、そのときに「私も今、一緒に地獄から逃げてきたの! 怖かったけど無事に逃げられてよかった!」って言ってくれたりすると、しっかりと味わってもらえたなと感じられます。そういえば、こんな感想もありました。「いろいろな色の鬼が出てきて、面白かった!」って言うんです。でも、そのときはモノクロの影絵の作品を上演していたので、鬼に色は付いていなかったんです。でも子どもたちはお話を聞いて、しっかり色を思い浮かべながら見て、面白いと感じてくれた。そういうのって、まさに“心のごちそう”を味わってくれたということですよね。

――語りや音が子どもたちの想像力を刺激したんでしょうね。

そうなんです。観客の皆さんの頭の中でイメージがどんどん膨らむような仕掛け。そういうものを私たちは作っているんですよ。それを見事に感じ取ってくれたということですね。

――“ごちそう”というと豪華なものを連想しますが、そうではなくて100%の完全な情報を与えないことによって受け手の心の中に“ごちそう”を生み出す。

それが大切だと思います。想像力を膨らませていくことで“心のごちそう”になるんですよね。だから余白をつくっておくことを心掛けています。ライブで上演すると、人の声、音楽、効果音が近くに感じられる。生々しく感じられる。そういうことで、より想像力が働くのだと思います。アニメのように細かく動いてはいないのに、でも動いているように感じられる。それは受け手が頭の中で動かしているからなんですよね。

ブレーメン通り商店街が出会いを生む街「元住吉」

武蔵小杉にある『おと絵がたり』の活動拠点・中原市民館と同じ建物にある、かわさき市民活動センターで取材に応じてくれた加藤さん。今では川崎市以外にも、あちこちで公演を行っています。
『おと絵がたり』の「ブレーメンの音楽隊」は、地域に根差した作品のひとつ。
モトスミ・ブレーメン通り商店街に設置されている、ブレーメンの音楽隊の像。

――『おと絵がたり』の将来のビジョンは?

もう約14年ですか……せっかくここまで長く続いたので、これから先もできるだけ長く続けていくことが、ひとつの大きな目標ではありますね。そのために次の担い手が育つようなこともやっていきたいですね。若いお母さんで、うちの地域でもやってみたいわ、という方がいらっしゃれば、どんどん伝えて広めていきたいと思っています。

――現在は何人のスタッフがいらっしゃるんですか?

常に活動しているのは8人なんですが、それ以外にバックアップ・スタッフみたいな感じで何人かいます。ホールなどで本公演をやるときには15人ほど集まりますね。

――他の地域に支部のようなものができたら面白いでしょうね。そのエリアならではの昔話もあるでしょうし。

実は、それを夢見ているんですよ。私は出身が関西なんですけど、ちょっと前に故郷に帰ったときに「私もやってみたいな」って言う友達が何人か現れまして。いろいろと説明したら、ますます興味を抱いてくれました。そういう感じで別の街にも広がっていくきっかけができたら、すごくうれしいです。

――最後に『おと絵がたり』の拠点でもある元住吉という街の魅力を教えてください。

元住吉駅の西口に商店街がどーんとあるんですよ。だから人と人の出会いがすごく多いんです。商店街を歩く、という行為が出会いを生みますよね。ビルに入っているようなショッピングセンターにはない魅力だと思います。もう昔の話ですけど、ここに引っ越してきた当初、こんなに温かみのある街なんだってびっくりしました。もっとクールな感じかと思っていたのですが、全然そうじゃありませんでした。上演を見てくれた子どもたちから「おばちゃん、この前の話すごく面白かったよ!」とか「今度はもっと怖い話をやってよ!」とか声を掛けられますし(笑)。ちなみに、そこは「ブレーメン通り商店街」という名前。ドイツのブレーメン州にあるロイドパサージュという商店街と友好提携しているそうです。

――「ブレーメンの音楽隊」のブレーメンですか? だとしたら『おと絵がたり』の活動とリンクしますね。

そう! 商店街のインフォメーションセンターの前には動物の音楽隊の像があるんです。でも意外と、その物語を知らない子どもも多くて。だから早い時期に「ブレーメンの音楽隊」を『おと絵がたり』のレパートリーに加えて、それを今でも上演しているんですよ。

撮影:木村雅章 資料画像(作品・制作風景・郷土資料室)提供:おと絵がたり

更新:2017年1月4日 取材:2016年12月

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