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二子玉川のDNAをつなぐウェブメディア『Futakoloco』

街×人 インタビュー 『Futakoloco』編集長・小林直子さん

「街に流れる情報をひとつの器に」をコンセプトに、町会の掲示板などを活用して、イベントや災害関連などさまざまな情報を、ポスターやリーフレット、FMラジオで発信している「二子玉川100年懇話会 まち情報プロジェクト」。その新たな取り組みとして、この春より、ウェブメディア『Futakoloco(フタコロコ)』が公開されました。「従来の紙媒体やさまざまなメディアとの連携で、二子玉川のDNAを100年先までしっかりつなぎたい」と語る編集長の小林直子さん。公開にかける思いを聞きました。

  • 小林 直子さん

小林直子さん

こばやしなおこ
二子玉川エリア在住14年。ローカルウェブニュース「二子玉川経済新聞」の記者として2011年から2015年末まで活躍(2014~15年は編集長)。2017年3月より、二子玉川まち情報プロジェクト(代表:佐藤正一さん)のウェブメディア『Futakoloco』の編集長に就任した。現在の楽しみは、月に一度の「二子玉川カヌー部」の活動。川から眺める街の風景という新鮮な視点にハマっている。

情報をひとつの器にまとめ、細やかに発信していく!

3月10日に公開されたFutakoloco。大小さまざまな街のニュースやフォト、街のキーマンによるコラムなどが掲載されています。
防災・防犯の情報や、イベントの告知、商店街の情報などが集まったポスターが街の掲示板に貼られています。
ウェブメディアを新たに加えることで、二子玉川の情報を見る人の“幅”を広げたい、と語る小林さん。

――まずは『Futakoloco別ウィンドウで開きます(フタコロコ)』がどのようなメディアなのか、簡単に教えてもらえますか?

『Futakoloco』とは、二子玉川100年懇話会まち情報プロジェクト(以下、まち情報プロジェクト)から新たに展開したウェブメディアで、街の情報をひとつの器に置くことで新たな活動や発信、アイデアを生み出して、バーチャルとリアルを循環させることがコンセプトです。まずはこのプロジェクトがどういうものかから、順を追って説明してもいいですか?

――お願いします。

まず二子玉川には「二子玉川100年懇話会」という会議体があります。これは玉川町会を中心に地域の商店街、関係団体、企業、小学校やPTA、世田谷区、玉川警察署などで構成され、「100年先を見据えたまちづくり」を話し合う会なのですが、そこから生まれたプロジェクトのひとつに、街の掲示板を災害時などに迅速に情報を伝達するツールとして有効活用する「掲示板リデザインプロジェクト」があったんですね。それが2012年から名前を変え、平常時にも広範囲な情報を発信する「まち情報プロジェクト」として活動を広げていきました。

――名前を変えたというのは、活動の内容が少しステップアップしたということでしょうか?

そう考えてもらっていいと思います。まち情報プロジェクトは、「まちに流れる情報をひとつの器に」をコンセプトに、町会内にある約20の掲示板を活用して、災害情報などを含むさまざまな情報を、ポスターやリーフレットなどの紙面にまとめ発信する取り組みです。2014年度から昨年度まで3年度連続で世田谷区の協働事業として認定を受け、二子玉川エリアにある企業などから協賛をいただけるようになり、活動の基盤が整い規模が拡大してきました。そこで、いよいよウェブメディアでの発信に取り掛かろうということでできたのが、Futakolocoです。

――もともと紙で情報発信していたところに、インターネットによる情報発信を加えたわけですよね。それはどういった理由からでしょう?

プロジェクトの発進当初から、インターネットを活用した方が情報をタイムリーに出せるのではという意見はあったそうです。でも、そうするとインターネットになじみのない方に情報を届けられなくなってしまいます。そこで、最初は誰もが紙面で情報を得ることができる形を選んだと聞いています。ただ、紙は季刊で年に4回の情報発信ですので、情報にタイムラグが出てきます。また、紙面は限りがありますから、大きなイベント情報が中心となり、例えば「○○の桜が咲きました」といったローカルな小ネタを掲載するのは難しくなります。でも実は、そういった小ネタこそ、街を愛し活動する人々からのニーズや人気があるのです。そこでウェブメディアで、そういったリアルタイムな地元ネタをより細やかに伝えようと考えたのです。

――ウェブメディアは比較的若い人が見るイメージがありますが。そういったことから、見る人の幅を広げようという意図はあったのでしょうか?

もちろんです。公開して1カ月半ですが、サイトへのアクセス分析を見ると、周辺エリアだけでなく、大阪や九州、北海道、さらに中国、ベトナムやアメリカなど、海外から見てくれている人もいるとわかります。これがウェブメディアの特長で、街にいなくても街の「いま」を知ってもらえる、というのも、とても大きなメリットです。

街から世界へ!『Futakoloco』が担う五つのミッション

二子玉川駅からほど近い多摩川旧堤の「陸閘(りくこう・りっこう)」で桜を撮影する小林さん。「2017年○月△日の桜の花の様子」といった身近な出来事も含め、多様な情報をニュースとして伝え、アーカイブしたいそう。
ロゴマークは、ハナミズキ(二子玉川のシンボル)、水(多摩川)、緑(国分寺崖線)、太陽(光)という二子玉川を象徴する要素が組み合わさってできています。

――Futakolocoの中身についてお聞きします。『Futakoloco』には五つの機能と目的があるそうですね。

「1.ニュースサイト、2.アーカイブ、3.発信・提案、4.連携・交流、5.世界への発信」ですね。

――「ニュースサイト」は、さっき伺った新しい情報をどんどん出すということですね。「アーカイブ」というのは?

私はひとつの街で6年、ローカル記者として活動していたのでわかるのですが、情報の流通経路には乗らなくても、街には個々にすてきな人や出来事がたくさん存在しています。でも、それをつなぐ人や場はなかなかない。また、活動をしている人が何らかの理由でその活動を止めてしまうと、そこで終わってしまう。そうした情報をいつでも、さまざまな人が入手することのできる“器“に置いておけば、それを見て「あ、これ私もやりたい」と思う人が出てきて、活動の持続可能性が高まります。また、一旦終わってしまった活動も、数十年の時を経て後世の人に読まれ「こんなことがあったんだ」と再び芽が出ることだってあるでしょう。ですから、紙でも写真でも映像でも音声でも、残せるものは全部アーカイブ(記録保存)していきたいと考えています。

――「発信・提案」については?

街では日々さまざまなイベントが実施されていますが、企画者の思いや意図を知る機会は意外と少ないと思います。その経緯と成果を街の人が共有しないともったいない。思いを次に、誰かにつなげるためにも、企画者にどんどん自身の言葉で語ってもらう場を作りたかった。またこういったコンテンツを発信することで、街に関わるキーマンがなんとなく見えてくるのではとも思います。

――「連携・交流」は、街のいろいろなグループ同士が交流する場にしていきたいという意味ですね。「世界への発信」というのは?

外国語での二子玉川の情報発信、という目標……というより、“こころざし“があります(笑)。日本語での情報発信では日本語がわかる人にしか伝わらない。多言語で伝達できるツールを活用することで、豊かな自然など街の価値を届けたいと考えているのです。エリア内には複数のインターナショナルスクールがありますし、外国人ワーカーや来街者も急増しました。元々、外国に在住経験のある人や外国語に堪能な方も多い街ですので、そうした人が協働する場をつくることで、実現できると思います。

――『Futakoloco』という名前についてですが、これはどういった意味が込められているのでしょう?

ウェブチームの最初の編集会議でメディアに愛称を付けようという話になり、全員にアイデアを問いかけました。そこで共通して出てきた言葉が、「Futakotamagawa(二子玉川)」「Local(ローカル)」「Community(コミュニティ)」「Communication(コミュニケーション)」「Collaboration(コラボレーション)」という言葉でした。だったら、これをくっつけちゃえと(笑)。「Futako」と「Lo」と「Co」を合体させて、『Futakoloco』としたんです。意味としても「二子玉川の地元住民」になるし、良いかなと。ポイントは、ローマ字表記。読みやすいようにカタカナ表記にすればという意見もあったのですが、それだと外国人が認知できないだろうという多数の意見でローマ字表記に決まりました。

「先人たちの思い」を聞いた以上、それを次世代へ伝えなければ

2015年に発行された『二子玉川100年の未来ブック』の表紙。「100年懇話会」のこれまでの活動をまとめた内容に。(発行:玉川町会・二子玉川100年懇話会)
2017年度、第1回の編集会議の様子(中央は二子玉川まち情報プロジェクト代表の佐藤さん)。
「まち情報プロジェクト」の編集部拠点は、二子玉川商店街のコワーキングスペース「フタコのへや」。

――もともと小林さんは二子玉川経済新聞の編集長兼記者だったわけですが、それがなぜ今回のような活動に深く関わるようになったのでしょう?

一番のきっかけは、2015年1月に玉川町会と二子玉川100年懇話会が中心となって「自分たちのまちのこれから」について思いや考えまとめた『二子玉川100年の未来ブック』を発刊したことでしょうか。私は、二子玉川経済新聞の記者として、同ブックのとりまとめ役でいらっしゃる玉川町会の理事に取材をしました。そもそもなぜこの本を制作したのですか、とうかがったら「小林さん、人間はね、どんどん忘れるんだよ」とおっしゃった。「ぼくたちも先人からいろいろな大事な話を聞いて、記憶して心に残していたつもりなんけど、思い出せないことがたくさんある。未来に残しておかなきゃいけないことも忘れてしまう。だから言葉にして、形にして残さないと次に伝えていけないんだ」と。この時の理事の言葉は、今でも私の中で強く残っています。

二子玉川には街として三つの節目があると言われています。ひとつ目が大正時代から昭和初期に行楽地として栄えたとき。二つ目が1969年に玉川高島屋ができたとき。そして三つ目が、2015年4月に二子玉川の東地区の再開発が完了したとき、つまり、二子玉川ライズが全面オープンしたときです。私はたまたま三つ目の節目の前後を記者として目撃し、そこでさまざまな関係者の思いや話を聞かせていただきました。それをまちの歴史として記録し、次世代へ思いをつないでいかなければいけないと、理事のお話を聞いて明確に思うようになりました。

――そうした思いがあって、まちづくりに携わるようになり、『Futakoloco』では編集長になられたと?

そうですね。私がまち情報プロジェクトの編集メンバーとして正式に参加したのが2015年度からで、2016年度から始まったウェブメディアのコンテンツ編集担当という意味での編集長です。Futakolocoは、公共性・公益性の高いコミュニティメディアですから、収益性も見込む雑誌のように、編集長がコンテンツや体裁も含め全体について細かく方針と指示を出すといったやり方とは少し違うと感じています。私は“器”へ蓄積するコンテンツについては、法の範囲内で公序良俗に反しないことであればどんなことでもいいのでは、と考えていて、この街で活動を続ける人々自身がどんどん記録する“情報の集合体”は、もうそれで十分「二子玉川」を表わすだろうと思っているからです。

――ガチガチにコンセプトで固めずとも、どんどん情報を入れてもらえば、そこから街の“生の声”が聞こえてくると?

はい。私は二子玉川で生まれ育ったわけではないので、街の「昔」を知りません。街の「今」についてだって100%知っているわけではありません。ですから、みんなが参加しやすくて投稿しやすいようなシステムや環境を整えていくことが、Futakolocoにおける編集長の役割だと考えています。誰か一人や特定のメンバーの「作品」であったり「居場所」であったり「成果」になってしまわないように。それぞれのモチベーションと喜びをお互いに尊重しながら、共にいられる場を作ることが任務かな、と。

二子玉川の魅力は、いろいろなことの「バランスがいいこと」

「まち情報プロジェクト」のメンバー。世田谷区や玉川町会、二子玉川商店街、NPO法人、民間企業など多彩な組織や団体が集まるコミュニティプロジェクトです。(撮影:小林直子さん)
小林さんが熱中するカヌー部の活動の様子。二子玉川では、都会にいながら多摩川の自然を堪能できます。(撮影:小林直子さん)
「Futakolocoは、スペインの世界遺産サグラダ・ファミリアのように、どんどん進化するプロジェクト」と語る小林さん。

――立ち上げや運営に際して、よかったと感じているのはどういった点でしょう?

私一人でできることはたかが知れていますが、いろいろな人と一緒なら、想像すらできなかった何十倍もすごいものが生まれます。これまでの40年の人生もそうでしたが、この「開けてびっくり」感が好きです(笑)。今回は二子玉川の関係者が集まるコミュニティプロジェクトということで、いろんな立場の人とフラットな関係の中で力を合わせ、自分の想像以上のものを生み出すことができるでしょう。それが一番うれしいです。

――二子玉川関係者が集まるプロジェクトということですが、参加しているのは住民の方だけではないということでしょうか?

はい。「コミュニティ」は住民だけではなく働く人、学ぶ人、活動する人もその構成員だと思っています。まち情報プロジェクトには行政から世田谷区もメンバーとして協働してくださっています。

――ちなみに苦労したのはどういったことでしょう?

コミュニティにはいろいろな人がいて、いろいろな意見や主義、主張があって共に存在しています。会社であれば、一定の権限を持つ上司の判断でひとつの方向に進めることができますが、コミュニティでは正しいも間違いも基本的には無く、意見を排除したり、ジャッジを下して従わせたりすることはできません。ですから、同じプロジェクトを遂行するにあたって、異なる意見の人とは伝え合う、話し合うしか方法はありません。ひとつの流れを作るまでには時に非常に長い時間がかかるものです。でも、そこはひたすら時間をかけるしかない。自分自身のこういったマインドセットの転換には結構苦労しましたね。
ただ今回、ウェブメディアを立ち上げるにあたって、スタートアップメンバーとして参画してほしいというお願いをしにいったら、非常にふんわりした話しかできないのにも関わらず「なにそれ面白そう」と力を貸してくれる人がほとんどでした。みんなって勇気があるなあとむしろ感心したりして(笑)。もちろんそれは、まち情報プロジェクトとして3年間積み上げてきた方々による信頼と実績があったからですが。

――今後の展開について教えてください。

先ほどお話した五つの目的と機能を実現できるよう頑張っていくことですね。そのための調整が私の役目です。人に集まってもらい、情報とアイデアの交流と交換をしてもらい、バーチャルからリアルな何かを生み出していく。そんな場あるいは舞台になるよう、これから尽力していきます。

――最後に、小林さんが感じる二子玉川の魅力とは?

いろんなことの「バランスがいいこと」ですね。豊かな自然環境の中に、最先端で上質と言われるものに出会える商業施設や教育機関、文化施設もあります。街のサイズも、大きすぎず小さすぎず狭すぎず、人々が互いに顔を見合わせて交流するにはちょうどいい。たとえば新宿や渋谷だと、街としてくくるには大きすぎるけど、二子玉川であれば住民、働く人、行政のサイズ感の「手の届く範囲」が絶妙と言えるのではないでしょうか。
あと、これは私が記者として街の人と触れ合ううちに感じたことですが、街に大らかな気風・気質があるのが好きです。二子玉川は多摩川と野川、平瀬川という三つの川が集まる地で、これは流域文明が起こりやすい地勢であると聞いたことがあります。今年創設85周年の玉川町会の記念史などを見ても、昔からこの街は新しい流れやアイデアに対しては「まずはやってみたら」という大らかさがあったようです。そういった気風も、街の大切なDNAとして『Futakoloco』を通じて伝えていけたらと思っています。

文と写真(小林さん):庄司健一

更新:2017年4月25日 取材:2017年4月

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