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東急電鉄

多摩川七福神を立ち上げた人々 ~一人の「やりたい」が、街に広がりつながる物語~

街×人 インタビュー 多摩川七福神実行委員会 山田幸雄さん・森章博さん・大宮康子さん

東急多摩川線・武蔵新田駅周辺エリアには、1358年に多摩川の矢口渡で謀殺された新田義興(よしおき)に関するさまざまな逸話や史跡が残されています。2014年、そうした史跡を巡りながら地域の商店街も知ってもらおうと「多摩川七福神」が設置されました。町会や商店会、神社、地域の人々などさまざまな立場の人が協力することで実現した多摩川七福神。立ち上げのきっかけや経緯、思い、今後の展望など、キーパーソン3人にお話を伺いました。

  • 森 章博さん
  • 山田 幸雄さん
  • 大宮 康子さん

山田幸雄さん、森章博さん、大宮康子さん

もりあきひろ
商店街でお茶とのりの専門店を経営。武蔵新田商店会の副会長として、多摩川七福神の立ち上げの際には、商店会の取りまとめに奔走した。趣味は映画館で往年の名画を見ること。月2回の映画鑑賞を約8年続けている。
やまだゆきお
多摩川七福神の実行委員会会長にして発案者。大田区矢口地区でタバコ屋を始めて約60年、自治会連合会の前会長も務め、街の移り変わりをつぶさに見てきた。昔の様子を細部まで答えてくれるほどの記憶力の持ち主で、街の歴史も含めた長い自伝を書いている。
おおみややすこ
多摩川七福神実行委員会の広報担当。「武蔵新田 武者パレード」の広報も担当している。街情報関連のライターで、文筆家の叔父の影響もあり“日本語愛”が深く、書籍はもちろん、歌や映画も日本語を堪能しながら鑑賞するのが至福のときだとか。

たった一人の声が、街のいろいろな立場の人の共感を呼ぶ

発案者の山田さん。ご神体だけでなく、のぼりや祠(ほこら)の費用も負担するほど多摩川七福神への思いが強かったそう。
山田さんのお店にて。右の男性が商店会副会長の森さん。中央の女性が、多摩川七福神・広報担当の大宮さん。
新田神社に祀られている恵比寿さん。各神様を納める祠は、七福神の話を聞いた、この地域の宮大工の方がこしらえてくれたとか。

――七福神というと、恵比寿や毘沙門天など七福神を祀っている寺社を巡って福を得る七福神巡りをするというイメージがあります。多摩川七福神もそうやって街を巡ってもらうことを意図したのでしょうか。

大宮
この辺りには、多摩川の矢口渡で亡くなった新田義興の伝説にまつわる神社やお寺が多くあります。そうした史跡に七福神を設置することで、地元の人にも外から来た人にも街を巡ってもらい、地域の文化や歴史、商店街のことも少しでも知ってもらおうというのが多摩川七福神巡りの趣旨です。
イベントとしては、お正月には新田神社さんの境内にテントを置かせていただき、スタンプ色紙などを販売します。色紙を買ってくれた方にはお汁粉やお神酒を振る舞います。またガイド付きツアーも行っています(2018年は1月7日に実施予定)。あと、お正月だけでなく、一年を通して人に来てもらえるようスタンプ色紙は新田神社さんに常に置いていますし、商店街の活性化にもつなげようと、年数回、多摩川七福神縁日も開催しています。

――多摩川七福神の発案者は山田さんだとお聞きしています。始めようと思われたきっかけは何だったのでしょう

山田
私は新聞や雑誌で各地の七福神巡りの情報を得ては、正月に女房と出掛けていました。あるとき彼女が、「お父さん、矢口にだって七福神になるようなところがたくさんあるんだから、皆さんと協力して七福神巡りをつくったらどう?」と提案したんです。それからしばらくして女房が亡くなったのですが、3年ほどたったときにふと、「地域の歴史に触れながら神社仏閣を訪ねるコースを一本の道にまとめれば、ここでも七福神巡りができるかもしれない」と思い立ちました。

――その後の立ち上げの経緯を教えてください。

山田
まずは「二十一世紀桜まつり」という矢口地区のお祭りを盛り上げるために使ってもらおうと7体のご神体を用意していたら、2年続けて流れてしまいまして。そのことを新田神社の宮司・品川さんに相談したら、「だったら(本格的に)七福神巡りをやってみればいいのでは」と。近隣の神社仏閣に声を掛けて、ご神体を祀る場所を決めてくれたんですね。
さらに町会メンバーでデザイン会社をしている星野さんという方にも相談したら、同じ会社でプランナーをしている八坂さんという方をご紹介してくれて。八坂さんが企画を整えてくれるのと同時に、「商店街も入った方がいいだろう」と武蔵新田商店会の森さんにも声を掛けくださいました。それでいよいよ正式に「やろう」ということになったのです。

――すると森さんは、山田さんたちからお声掛けいただいたわけですか。

たまたま商店会の副会長をやっていたものですから(笑)。今から9年ほど前でしょうか、新田神社で「新田神社鎮座六百五十年大祭」が開かれたときから、山田さんたちから「七福神をやりたい」というお話を聞いていました。山田さんが地元のことや商店街のことを真剣に考えてくださっていることを知り、「じゃあ皆で協力しよう」と決めたんです。

――大宮さんはどんな経緯で参加されたんですか。

大宮
八坂さんと出会ったのがきっかけです。大田区のボランティアガイド養成講座で一緒になったときに、私はライターのお仕事をしていたこともあって、多摩川七福神の地図やそこに載せる説明書きを作るお手伝いをしてくれないかと誘われて。それからずるずると今に至ります(笑)。

新田神社の“新しい感覚”と、企画者の秘めた“情熱”と

お正月、多摩川七福神のテントの様子。山田さんの右側の男性は、新田神社の品川宮司。(写真提供:多摩川七福神実行委員会)
新田神社に今も展示されているアート作品のひとつ「石の卓球台」。(写真提供:多摩川七福神実行委員会)

――まず山田さんの発案があって、そこから街の人、神社、商店会などいろいろな立場の人にまで賛同の輪が広がっていったというわけですね。

その通りです。中でも近隣の寺社にお声掛けしてくれた新田神社の宮司さんの力は大きかったと思います。寺社からお断りされることもありましたが、最終的に7カ所きちんと整えてくださいましたし、どの神様をどこに納めるべきか、そのいわれも宮司さんが全て考えてくれました。
大宮
2008年に東急多摩川線の各駅に現代アートを置く「多摩川アートラインプロジェクト」が開催されたのですが、その中で、新田神社には、お参りすると幸せになるという石のオブジェ「LOVE神社」などが展示されました。それらの展示物は、イベント終了後には撤去されるものもあったのですが、新田神社さんではそのまま残しました。そうした宮司さんの新しい感覚も、多摩川七福神の実現には欠かせない要素だったと思います。

――もう一人、大宮さんや森さんを巻き込んだ八坂さんは具体的にどういったことを担当したのでしょう。

大宮
多摩川七福神の企画を作ったり、街の人に周知したりするような役割を担当しました。例えば、実行委員会の中で、どうやって地域の人に知ってもらうかが課題になりました。そうしたときに八坂さんが、大田区が公募していたビジネスプランコンテストに応募したんですね。結果、「日本工学院賞」という賞を受けたのですが、八坂さんがひらめいて、「日本工学院の学生に多摩川七福神のキャラクターを描いてもらおう」と。学生さんから160ほど応募があったのですが、それを今度は街の人に選んでもらうイベントを大々的に実施したんですね。こうしたことで、街の人に「何か新しいことが始まりそうだな」ということを実感してもらったというわけです。

“縁日”の縁がつながって、一本のベルトにすっと収まる

多摩川七福神縁日の様子。商店会のお店の模擬店が並びます。縁日を通して、お店同士の横のつながりができたことも、縁日の成果のひとつだと森さんは言います。(写真提供:多摩川七福神実行委員会)
大道芸が開催されるようになり、縁日の盛り上がりがもう一段階上がったそう。(写真提供:多摩川七福神実行委員会)
七福神を巡りながらいろいろな地域の歴史も紹介してもらえるガイド付きツアーの様子。(写真提供:多摩川七福神実行委員会)

――多摩川七福神実行委員会としては縁日も実施しているということですが、こちらはどんな内容でしょう。

大宮
縁日は、年に数回ほど新田神社の境内で実施しています。商店会の皆さんに模擬店を出してもらうイベントとして、森さんに旗振り役してもらって実施にこぎ着けた企画です。
もともとうちの商店会ではスタンプラリーを年に1回やっていて、それ以外にも夏のお祭りイベントなどをしていたので、模擬店を出すことには抵抗なくできる環境でした。
大宮
ただ同じことを繰り返していくうちに手詰まりになってきまして。どうしようか悩んでいるときに、ボランティアガイド養成講座で知り合った大道芸研究会の山田とこさんが「縁日で大道芸を披露していいですか?」と申し出てくれました。これが人を呼ぶ新たな起爆剤となりました。
さらに大田・品川まちめぐりガイドの会会長の宗正雄さんという方が多摩川七福神のツアーを組んでくださることになったり、蒲田や大森で市場を出している多摩川まるしぇさんが参加してくれて店舗数が一気に増えたり。地域の「gaku-6616」というアート雑貨をそろえている店がブースを出してくれて、いろいろなアーティストさんの作品が並ぶようになるなど、うれしいご縁の輪がどんどん広がっています。
山田
人の縁と思いが次々と、ひとつのベルトの中にうまく収まっていったわけですね。何かをしようとするときには、歯車がちゃんとかみ合っていなくてはダメで、途中で何かが欠けると動かなくなるものです。大勢が集まって、商店会も協力しようよ、町会も協力しようよ、じゃあ私たちも……という形で盛り上がっていった。地域の皆さんの「何かしたい」という思いや案がうまい具合にまとまっていった、とてもうれしい展開ですね。

――今後の展望を教えていただけますか。

大宮
実際に動ける人の数が少ないので、人を増やすことに力を入れたいです。例えば、一番要望が多いのが、巡る寺社各所にスタンプを置いてほしいという声です。一般的なスタンプラリーは七福神が納められている7カ所全てにスタンプ台を置くものですが、うちでは今「新田神社でまとめて押してください」という形になっています。お正月だけにしても各所にスタンプ台を置くとなると人手がかかるので、協力者の数を増やすことが今後の目標ですね。
ここのところ、取り組みがある意味落ち着いてきています。大道芸やマルシェ、ものづくり市など毎年新しいところに協力してもらっていますが、やはり継続するには、少しずつでも内容を変えていかなければいけません。ここをどうするかが今後の課題ですね。協力者をわれわれから探すのか、向こうから来てくれるのを待つのかまだわかりませんが、とにかく多摩川七福神のイベントに行くと、「またこんな新しいことをやっているんだ」と思ってもらえるような、そんな取り組みにしていかなければと考えています。
山田
だいたい物事は3年目ぐらいまでうまくいくんだよね。でも4年目、5年目あたりから惰性が付いてきて、「もう少しちゃんとやらないといけないな」と思い始めます。何事もそうだよね。だから本当にここ1年、2年が大切で、皆さんからいろいろ案を出してもらって、新しいことを仕掛けていかないといけないなと思います。

下町と、人情と、昭和な町並みの心地良さ

多摩川七福神の実行委員会で作成したオリジナルの法被(はっぴ)。
スタンプラリーのスタンプを押すための台紙。2018年は、1月1日から3日限定で多摩川七福神の御朱印を授与する予定だとか。

――最後に、皆さんが感じている、武蔵新田周辺エリアの魅力を教えてください。

山田
史跡がたくさんあるというのもあるけど、その他にも多摩川の河原沿いにはきれいな二十一世紀桜(桜並木)があるなど、いろいろ名所があります。さらにコミュニティバスが走っていたり、矢口区民センターには温水プールがあったりと、行政サービスが充実しているところも魅力ですね。
大宮
私は池上で生まれ育ったのですが、実は最近までこの辺りの歴史をよく知らずにいました。でも、多摩川七福神の取り組みを通して知っていくにつれ、だんだんと外の人にもっと知ってほしいという気持ちが強まってきましたね。言い方は変ですが、(イベントや企画を)「仕掛けやすい」。新田義興の史跡に合わせて7カ所も神様を納められるくらい歴史や逸話のある場所があったり、それが住んでいる人の心のよりどころになっていたり、さらに外から来る人の観光の楽しみになったり。そんなところが魅力的だと思います。
40年以上お茶とのりの専門店をしているけど、やっぱり街自体の雰囲気も人の流れも少しずつ変わってきています。それでも下町的なところや人情を感じさせる人のつながりはまだ残っています。また金魚屋さんがあるなど昭和っぽい町並みもまだまだあります。そうしたところが魅力かな。下の世代にも残していってあげたいですね。

文と写真:庄司健一

更新:2017年12月18日 取材:2017年11月13日

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