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暮らしを「シェア」することで人と人のつながりを生む

街×人 インタビュー「しぇあひるずヨコハマ」荒井聖輝さん

古くて使われなくなったものを壊して忘れてしまうのではなく、そのものの本質的な価値を見いだし、家族や地域の記憶を伝える場としてよみがえらせる――祖父母から母が引き継いだ古い空きアパートのリノベーションを決意し、地域活性も視野に住宅型複合施設「しぇあひるずヨコハマ」を運営する株式会社ここくらす代表者の荒井聖輝さんにお話を聞きました。

  • 荒井 聖輝さん

荒井聖輝さん

あらいきよてる
株式会社ここくらす代表者。曾祖父が建てた古いアパートの空き家問題を機に外資系IT会社を退職。2017年に住宅型複合施設「しぇあひるずヨコハマ」をオープンし、同施設を活用して反町のまちづくりへ拡大しようとしています。ジブリ映画、中でも『紅の豚』が好き。苦しい時代でも言い訳しないでみんなが懸命に生きているところがよいとのこと。「『となりのトトロ』に出てくるお父さんみたいになりたい」という2児の父。

歴史ある地に建つ古いアパートの空き家問題に直面

フルリノベーションされたアパート2棟「SORA」「UMI」と戸建て「RIKU」が、中庭を囲むように建っています。
アパートの屋上から港の船の往来も見えます。荒井さんは、小さい頃もここへ遊びに来た時は屋上へ上って船を見ていたそう。

──すごい! 屋上からは景色が360度楽しめますね。

この「しぇあひるずヨコハマ」は反町駅から徒歩6分、標高40メートルの丘の上に建っています。アパートの屋上からは、横浜港、スカイツリーや富士山、運が良ければ日光の男体山が見えることもあります。私は船旅が好きで、入港予定をチェックしてはここからお目当ての客船を眺めたりしています。この屋上は時間貸しをしていて、懇親会などで利用されるグループも多いんですよ。夜景もきれいなので、今度はぜひ夜に見に来てください。

──歴史ファンもよく訪れるとか。

しぇあひるずや近くの本覚寺の辺りは戦国時代、北条家家臣の居城「青木城」がありました。本覚寺は横浜開港の際、初代アメリカ総領事ハリスがその立地を気に入りアメリカ領事館になりましたし、この辺りは昔から要所だったんです。東横線が開業した当時の終点「神奈川駅」もすぐ近くにありました。

──築50年以上の古いアパート2棟をリノベーションしたんですよね。

もともとは曾祖父が建てたもので、母はここで育ちましたし、私も小さい頃は屋上や庭で遊んだ思い出深い場所です。しかし母が相続した時には、老朽化が進んで1室しか稼働していない「空きアパート」でした。今の建築法では建て替えられない物件だったので、私たちの選択肢は、お金を掛けて更地にするか、リノベーションするかの二つ。最終的に、このアパートの価値を現代に生かしつつ、地域の中で緩やかにつながることで人々の暮らしを豊かにする「場」をつくろうと考えました。

しぇあひるずに住まなくても、シェアする人はみんな「住人」

白壁にロゴが映えます。モノ・ヒト・コトを共有する「Share」と、丘の上の建物群を表す「Hills」を掛け合わせて命名されました。
屋上で花火を見ながらのバーベキュー大会。絶好のロケーションです。(写真提供:荒井さん)
しぇあ畑なら、マンションのベランダでは育てられないお芋やスイカも育てられます。現在のしぇあ畑の利用者は、皆さん地域の方々。(写真提供:荒井さん)
敷地内はハロウィン一色。写真右のキャンピングカーは今後、中庭に常駐してイベントや宿泊で活躍します。(写真提供:荒井さん)

──しぇあひるずの構成を教えてください。

3階建てアパートの「SORA」と「UMI」。その中に居室が7室と、シェアルームが1室あります。よく「シェアハウス」と思われるのですが、シェアハウスが玄関やキッチンを共同利用するのに対して、しぇあひるずはアパートとしてのプライバシーは確保しつつ、共用スペースを備えた「ソーシャルアパートメント」になります。玄関は別々で、光熱費も居室ごとの契約。小さい流し台も付いています。共有スペースとしては、オープンキッチンとラウンジがUMIの2階に、そして840平方メートルの敷地内には、アパートの他に「しぇあ畑」や中庭、そして私たちの家「RIKU」があります。

──いわゆる「脱サラ」までしてリノベーションしようと思ったのは?

人が住めない状況になっていましたが、ポテンシャルは高いと思いました。横浜駅からも近くて敷地も広く、眺望の素晴らしい屋上がある。木造建築が多かった当時にしては珍しいコンクリート造りで、外国人や画家が住み、母はその人に絵を教わっていたそうです。そんな独特のカルチャーがここにはあったんです。きっと今の世の中にも、単に部屋を借りるだけじゃなく、コミュニティの中で暮らしたい人はいるんじゃないかと思いました。
私も子育てを経験し、自分の今後の働き方について考えていた頃でもありました。地域が抱える課題に対して自分ができることがあるんじゃないか、地域の人とのつながりを仕事にしていけるんじゃないかって。アパートの問題、地域が抱える課題、自分の思い、この三つがちょうど重なったんです。そこで、ソーシャルビジネスを学んだり、リノベーションやまちづくりに関わる方々からいろいろ話を聞いているうちに、単なる賃貸住宅とは違う、ここでしかできないことをやってみようと思いました。

──どんな方々が住んでいますか?

いろいろですよ。会社員や学生、一人暮らしや二人暮らし、自宅利用やオフィス利用。ラウンジも、教授を呼んで学生が都市計画の勉強会を開いたり、毎月スナックを開いたり、ミュージシャンが楽器を持ち込んでライブを開いたりと、思い思いに活用しています。普通のアパート住まいならできないことも、シェアすることで手軽にできるようになるんです。
現在しぇあひるずの居室は満室なので、入居希望者には近くのアパートの空き物件を紹介しています。そこのオーナーと賃貸契約を結び、しぇあひるずには共益費を払ってもらう。そうすればしぇあひるずの住人と同じように共有スペースが使えます。自分の部屋から共有スペースまでの距離が少し違うだけと考えれば、別に外でも変わりませんから(笑)。

──しぇあひるずの「住人」の定義は広いんですね。

シェアルームに週1回泊まりに来る人も住人ですしね。それからつい最近、個人所有のトレーラーハウスが中庭にやってきました。オーナーさんの、維持費などのコストをなるべく下げて大事に使いたいという思いと、私たちの、広い空間を有効活用したいという思いがうまく合致しました。一般の駐車場ではできないキャンプなどを行えば、トレーラーで新たな収益を生むことができますし、私たちもイベントの可能性が広がります。
「しぇあ畑」は地域の人たちが使っていますが、彼らもしぇあひるずの住人です。「畑日記」というノートを作って、みんなでルールや相談ごと、収穫した野菜や果物のシェアをしています。
もちろんラウンジや屋上、中庭は外の人も利用できます。しぇあひるずは「住宅型複合施設」なんです。ここをどういうふうに利用するかは、利用者が自由に決めてくれればいい。住人のパワーでイベントのバリエーションがどんどん広がっています。

実験を重ねて、地域のみんなが集まる場所に

リノベーション前の様子。現在のしぇあひるずは、外から屋上へ続く階段など、リノベーション前の構造を随所に残しています。(写真提供:荒井さん)
リノベーションの途中で開催したイベントの一つ。グランドピアノも搬入し、本格的な音楽会に。(写真提供:荒井さん)
子育てグループが主催した洋服のリユースマルシェ。車を横付けできる便利さも人気です。(写真提供:荒井さん)
反町におけるネットワークづくりについて考える地域フォーラムで登壇する荒井さん。その後の懇親会はしぇあひるずへ移動して。

──しぇあひるずを地域の人々へ開放していく取り組みはどのように始まったのですか?

リノベーションを考えた時から「シェア」を念頭に置いていました。自分で所有すると管理も自分でしなきゃいけないし、価値もなかなか広がっていかないと思うんです。開放したことでいろんな人たちが集まる場所ができました。でも昔の人たちはやっていたことなんですよね。電話を借りたり、ご近所さんみんなでテレビを見たり。ここも、50年以上前に建てた頃は木造の家が多い中で3階建てのコンクリート造りのアパートに、地域の人が集まってきていたんです。

けれどもそういった地域の人が集まる場が、現代で本当に求められているかどうか分からなかったので、リノベーションの工事が始まる前から「実験」を始めました。アパートの敷地を地域に開放して、手始めにやったのは防災キャンプです。水も電気も止まっていましたから、臨場感たっぷりの避難体験でしたよ(笑)。他にも、落語家さんを呼んで屋上で月を見ながら寄席を楽しんだり、夏休みは子どもたちが壁や床に落書きをして建物全体を作品にしたこともあります。廃墟っぽいたたずまいがかえって好評でした。

そういった実験を重ねる中で、地域の皆さんに「ここはみんなが集まる場所なんだ」と思ってもらえるようになりました。それに、古いなりに使い道はいろいろあるんですよね。古いものにも価値はある。それまでは人が寄り付かない場所だったのに、わざわざお金を払って皆さん参加してくださる。「古いままでもいいんじゃない」と言ってくれる人もいて。
だからなるべく古いアパートの間取りを残したくて、屋上までの外階段や、SORAの窓の位置は昔と同じです。住人が残していった家具も、ラウンジで活躍していますよ。そういえば「お宝山分け・お片付けワークショップ」も開催しました。絵画は役所が引き取ってくれて、小学校にも飾られています。

──荒井さん自身も地域での活動範囲が広がっていますね。

アパートをリノベーションする前から町内会にも入って、今は総務部長をやらせてもらっています。地元の皆さんには本当にお世話になっていますよ。イベントで余ったものを分けてもらったり(笑)。
ここ反町は、地域活動に長年関わっている方々も多く、コミュニティカフェもけっこうあります。昨年末にはそれらを巡る「反町ツアー・フォーラム」が開催されました。また、宿場神奈川・港町横浜の記憶を伝える歴史ガイドをする機会も多くなってきました。反町の魅力を伝える仕事に関われるのはうれしいですね。
他にも「神奈川区エリアイノベーターズ」の発起人として、反町のある横浜市神奈川区に関わる人たちをつなぐ活動を行っています。地域の誰かが持っているモノや使っていない場所をネットワーク化して、誰かが必要としたときにみんなで助け合える状態をつくれれば。地域コミュニティを、自治会やNPOの枠にとどめず、メディアや役所も含め、またエリア外で活躍しているけれど飲む場所は地元、という人たちも含め、顔が見える関係をつくっていけたらと考えています。

誰もが安心してずっと住み続けられるまちを目指して

ラウンジ全景。天井中央部には「Beyond The Century, 1524 - 1859 - 1953 - 2017.」の文字。2017年4月にオープンしたしぇあひるずが、この地の新しい歴史をつくっていきます。
コミュニティのみならず、歴史、建築都市計画、子育て、野菜など、登壇テーマも多岐にわたる荒井さん。いろんな顔をお持ちです。

──しぇあひるずを今後どのように発展させたいですか?

私は「まちごとハウス」と呼んでいるんですが、街の中で活用されていない部屋やモノ、人をシェアする暮らしを、この界隈で実現したいです。イタリアでは、分散型ホテル「アルベルゴ・ディフーゾ」という空き家や空き店舗などを活用した地域活性の取り組みがあります。狭いエリアの複数の建物を疑似的に一つのホテルとして運営する手法です。その住宅版を、しぇあひるずを拠点に展開していきたいんです。例えば、戸建てのおうちがクモの巣を撤去したいなら、しぇあひるずが2メートルの脚立を貸し出します。そういう困ったときの対応が瞬間的にできるようなまちになればいいなぁと。
住居も、ライフスタイルによって変えられるようになります。しぇあひるずで部屋を借りていた人が結婚して戸建てへ引っ越しても、それがしぇあひるず圏内なら引き続きしぇあひるずの住人であり続けられる。それが結果的に、このエリアの価値を上げることにつながると思うんです。

──荒井さんにとっての“反町”とは?

本当の意味での横浜らしい人たちが住んでいるまち。新しくこのまちに来ても、地元の古くからの人と一緒になってコミュニティをつくれちゃうんです。神奈川宿の奥座敷だったせいか、何事もあまり表沙汰にしない雰囲気もあって、ふらふらっとやって来てすっかり居着いちゃえるというか(笑)。著名な実業家からちょっと訳アリの人まで、雑多な人たちが一緒に暮らしてきました。今の中区山手町に外国人居留区ができる前、最初に各国からの外国人が住み始めたのも反町です。派手さはないですが、飲み屋は多いし、密かなラーメン激戦区だったりする、横浜の知られざるディープスポットです。

文:柏木由美子(スパイスアップ編集部) 写真:木村雅章

更新:2018年4月12日 取材日:2018年2月

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