スマートフォン用ページへ
東急電鉄

地元を食べる 地元で食べる ~地産地消にまつわる人々~ 東急沿線で地産地消に取り組む“人”と、その“思い”にフォーカス。食やモノを通して彼らが伝えるものとは…

みずみずしい野菜や果物を作り続けている人たちがいて、その恵みを私たちのもとへと届けてくれる人たちがいる――。東急沿線で地産地消に取り組む、さまざまな人たちを紹介します。

VOL.5 仕掛け人 平川幸志郎さん

PROFILE ● ひらかわこうしろう

東京の大田区下丸子で400年以上続く農家の19代目。いわゆるバブル時代に大学を卒業し、いったんは測量会社に就職するも、20代後半に農業の道へ。その後、地元の有志によって設立された「みみずの会」と連携し、20年以上、有機野菜を作り続け、地産地消に取り組んでいる。

大田区下丸子で農業を生業とした理由

「畑を耕していると、我ながら百姓という仕事が好きなんだなあと実感するんです」と笑顔で語る平川さん。
下丸子駅と鵜の木駅の間に立地している「平川農園」。道端から野菜の成長を眺めるのを楽しみにしている消費者も多い。

――そもそも農業を志すきっかけは?

実家が代々農家でして、父もそうでした。私は大学卒業後、測量の会社に勤めたり、農業以外の職業を模索して専門学校へ通ったりしながら週末の空いた時間などに実家で畑仕事を手伝っていました。父から農業の技術を教わるうちに、野菜を作ったり、土をいじったりするのが、次第に楽しくなってきたんですね。もちろん自分が後を継がなければ、地元に農地がなくなってしまう寂しさも感じていました。結局、紆余曲折の末、百姓として生きる決心をしたわけです。かれこれもう30年くらい前の話です。

――大田区にはほかにも同業者はいますか?

布施明の「シクラメンのかほり」という曲が流行する以前から、大田区の馬込には有名なシクラメン農家がありました。当時その栽培技術が日本全国へと広まっていったそうです。ただ、私のような生産緑地を保有している農家となると、現在、6世帯くらいでしょうか。同業者同士、よく農協の部会で情報交換をしたりします。

消費者の声から生まれた地産地消の有機野菜

安全で新鮮な野菜を求める消費者の思いと、それに応えようとする平川さんの熱意が“本物の味”を生み出します。
「みみずの会」の会員には、地域のステーション(集配所)でそれぞれ1週間に一度、野菜の受け渡しがあります。

――「地産地消」の取り組みを始めた理由を教えてください。

今から22年前、ちょうど農業を生業としていくことの難しさに悩んでいた矢先、地元のある方から要望があったんです。「自分たちが希望する安全性の高い野菜を無農薬で作ってほしい」と。僕は、それまでいわゆる農薬を使わない農業というのをやったことがなかったし、無農薬で野菜を作るなんて、できるはずがないと考えていました。ただ有機農業には興味があったので、「もし年間を通して定期的に20人の買い手があり、種代、肥料代などの必要経費だけでもペイできる仕組みを皆さん方がつくってくれるのであれば、畑の一角を使って実験的にやってみてもいいですよ」という返事をしたんです。そうしたら、その方は1週間もしないうちに20人の賛同者を集めてこられて。それが「みみずの会」の始まりでした。

――「みみずの会」は具体的にはどんな組織ですか?

週に1回、平川農園で取れた野菜を消費者に配達する地産地消の運用組織で、定員60世帯の会員で運営されています。1セット(税込2,000円以内で毎回変動)単位で、毎週決められた曜日に地元周辺の決められた場所(ステーション)に配達します。野菜はその日に収穫できた物をセットするので、個人で種類は選べません。出荷される野菜は、基本的にすべて無農薬、有機肥料。また毎年1回の総会で会員さんと年間の栽培スケジュールを協議し、その取り決め通りに作付けをしています。

大切なのは生産者と消費者とのコミュニケーション

「みみずの会」では平川さんと共に、新年になるとその年の野菜の作付けスケジュールを決める定例会が開催されます。
「ひとりの消費者として、いつも安全でおいしいお野菜を頂けてぜいたくなことだと思っています」と「みみずの会」運営メンバーの南波さん(左)。
毎年、夏に恒例のバーベキューパーティを開催。会員の家族全員が総出でくり出し、採れたて野菜を堪能します。

――実際に会を始められて、わかったこと、感じられたことはありますか?

今でこそ特にトラブルもなく運営されていますが、最初の10年くらいはもう試行錯誤の連続でした。生産者と消費者の距離を埋めるための話し合いはけっこうしました。どうやったら見合った収益で生産性を維持できるのか、消費者は消費者で、私の要望をどこまで受け入れられるのか、お互いその探り合いの中から、今の安定した関係に至ったのだと思います。

――消費者から野菜の種類などリクエストはありますか?

最近は海外の珍しい野菜を作ってほしいとか、非常にマニアックなリクエストも多くなりました。ただ、地域性って重要で、例えば京野菜を京都で食べるとおいしいのに、東京産だと味が違うという話はよく聞きます。そんなこともふまえて平川農園は30種類の決まった野菜を定番化しています。例えば、トマト、キュウリ、ナス、インゲン、スティックセニョール、小松菜、ルッコラ、タマネギ、枝豆、タケノコ、大根、ほうれん草、里芋、人参などなど。結局、季節の野菜を増やしてしまうと、一気に何種類も取れたりして、多すぎると1セットの配達では収まりきらなくなります。だから年間12カ月を通して30種類がちょうどいい数量なんです。

――生産者と消費者との交流はされていますか?

恒例イベントとして、夏にバーベキュー、冬に芋煮会、年明けに新年会があります。消費者同士のお付き合いもこういう機会に深まればいいなあと。あとイベントを通じて食に関しての意識をもっと高めていただけたらありがたいですね。

――消費者も畑仕事に参加できるのでしょうか?

有機農業の場合には慣行農法と比べて、「草取り」の手間が掛かります。例えばこれを納品作物の価格に上乗せすると毎回結構な金額になってしまいます。それは私も「みみずの会」の皆さんも望んでいないので、可能な限り皆さんにも「草取り」に協力してもらっています。1年のうちの大体4月~11月くらいまでの間の限られた時間です。もちろん雑草が生えたからって野菜が一気に生育不良になることはありません。ただ、生産者として、自分が働く職場が草がぼうぼうというのが嫌いなので、とても助かります。

「地産地消」はこうして生まれる

野菜は、年間を通して30種類を作付け。敷地内にはビニールハウスが4つ設置され、トマトや茄子などが育つ。
敷地の一角に置かれた農機具の話しをしているときの平川さんは、目尻を下げ、いかにも楽しそう。
午前中、収穫した大根は、いったん自宅の庭で泥を流し、ふたたびトラックに積んで集配へ。

――平川さんの野菜が地元で求められるのは安心できるという点が大きいわけですが、有機農業をされる上で、気を使うことはありますか?

やはり土づくりですね。例えば、自然界の森林をイメージしてください。秋冬、落葉樹の葉が落ちて、それが地面に降り積もりますよね。落ち葉は土の中の微生物によって分解が進み、腐葉土化して最終的には泥になるわけです。それが何十年、何百年と積もり続ける過程で「よい土」が作られます。そこに根付く野菜は自然に生育していきます。この理論によって成立しているのが有機農業です。ただ、人間は利益を追求するがために自然のサイクルよりも早く収穫をしなければなりません。そこで、少し人為的に窒素分の多い有機肥料を腐葉土の上にまいたり、トラクターでかき混ぜたりしますが、基本的には自然のままで作るのがスタンスです。

――「農機具」にもいろいろこだわりがありそうですね。

トラクター、パワーショベル(バックホーン)、小型管理機、粉砕機、動力付きマルチャーといった機具をそろえています。この農地のスケールであれば、けっこう持っているほうだと思います。先ほども話しましたけど、結局、有機農業って土づくりが命。いかに効率よく「よい土」を作るかってことをメインに考えると、パワーショベルって非常に大切です。トラクターを持っている農家はたくさんいるけど、1.5mまで掘れることを想定してそろえている農家はたぶん有機農家以外にはいないと思います。パワーショベルは深く土を掘ることもできるし、集めた落ち葉を切り刻むこともできます。あるいは自分の頭の中でイメージした有機肥料をブレンドしてかくはんすることにも使えます。

――パワーショベル以外にも欠かせない機具はありますか?

土づくりの原料となる枝葉を細かくする粉砕機も、有機農業にとっては大事です。基本的に有機じゃない農家は化学肥料で土づくりをしますから、粉砕機はいりません。このふたつは私にとっては自慢の必需品ですが、有機農業をやらない農家にとっては無用の長物かもしれません。

――平川さんの一日のスケジュールを教えてください。

朝は5時前に起きて8時まで畑で農作業をして、家に帰って朝食。その後また畑に戻り、お昼の12時まで農作業をします。再び帰宅して昼食をとり、納品書などを書いて、15時を過ぎたら配達に出掛けます。その後17時には帰宅して、19時までは再び農作業。土日も関係なく、毎日がその繰り返しです。そう考えると僕は百姓が好きなんですね。夜は、農協の生産部会の懇親会などお付き合いがしょっちゅうあります。大まかにはここで畑仕事しているか、どこかでお酒飲んでいるかって感じですね。

都市農業の未来のカタチ

昭和初期の下丸子の田園風景。一帯が水田だったことがうかがえます。
住宅地の中で青々と元気に育つ野菜。都会の中で農園を続ける意義を、平川さんは真摯に語ってくれました。

――昔と現在とでは下丸子の風景もだいぶ変わりましたか?

僕が小学生だった昭和40年代までは、道路の脇のいわゆるドブにはふたがされていませんでした。よく見るとクチボソとかが泳いでいた記憶がありますよ。父がよく言っていたのは、明治・大正時代までは田んぼに水を引く六郷用水の支流が至る所にあって、毎年そこからホタルがわいていたそうです。僕は、そのころのように夏になるとホタルが光明寺の方から飛んでくるような、そんな風景を取り戻せたらどんなにいいだろうなあと真剣に考えています。そしてその夢は今も大きく膨らんでいます。

――生活圏内にもっと自然が増えるといいですよね。

農業が暮らしの近くにあって、土や草花に触れられるような環境が住民にもっと与えられたら、別に頭の中で「豊かさ」を考えなくたって動物的本能で、勝手に人生観も変化していくと思います。例えば、空中庭園だってそうですが、都心の住居エリアを減らさずに緑地を増やしていく余地はアイデア次第でまだまだあるように思います。

――最後に平川さんの将来の展望を教えてください。

もっと都市農業を応援してくれる人を増やしていきたいですね。いわゆる家庭の水耕栽培とかではなくて、昔ながらの土と対峙する農業が、私たち都市生活者には絶対に必要だし、そういう生活環境がいちばん理想的なんじゃないかなと思います。東京都民全員がそこに気付き、農業空間を増やすことにみんなが一丸となって取り組めたらいいなあと思います。そんな社会になれば将来きっとホタルだって戻ってくるんだと思います。

6年くらい前に地元で飲食店をやろうとしていたころに、平川さんの奥様から「それなら、うちの野菜を使って」とお声を掛けていただいたのがきっかけです。野菜の生産量の関係から当時は会員になるのに2年ほど待ちました。

平川農園の野菜は、例えばキュウリは手で持った時にトゲがあるし、葉もの野菜は水に浸すだけでイキイキと元気になります。細胞が生きている証拠です。味はもちろんですけど、調理していると、その違いを実感できます。本当に待ったかいがありました。お客様に「このお野菜は下丸子産なんですよ」って答えると必ず驚かれます。

ラミノア
店主 平川典子さん

「ラミノア」は、「みみずの会」唯一の法人会員で、平川農園の野菜を食べられる貴重なお店。野菜の新鮮さを生かし、一手間をかけて提供するのが信条と語る典子さん。名字を見てお分かりのように、平川農園とは遠縁関係でもあるとか。近所には、大手企業の本社があり、ランチタイムには多くのサラリーマンも訪れるそうです。

更新:2014年8月4日 取材:2014年6月

東急沿線 地産地消マップ
特集「地元を食べる 地元で食べる」で紹介してきた東急沿線の地産地消スポットをGoogleマップでチェック! 各ポイントをクリックすると、写真や詳細情報を見ることができます。

コメント

  • 本コメントはFacebookソーシャルプラグインを使用しており、これによって生じた損害に対して当社は一切の責任を負いません。
  • コメントを投稿するにはFacebookにログインする必要があります。

おすすめの記事