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東急沿線イベントレポート

高津区ふるさとアーカイブワークショップ
「古い写真の謎を解こう」梶ヶ谷地域編

開催
2015年2月1日(日)
最寄駅
梶が谷
場所
川崎市民プラザ 会議室209
高津区は、区民と協働で、古い写真などの地域資料の収集・保存・活用に取り組んでいます。その一環として開催された今回のワークショップでは、昭和30~40年代の土地区画整理により、大きくまちの風景が変わった梶ヶ谷周辺で、古い写真や地図を見ながら“昔さがし”をしていきます。
町名の由来のひとつ、この辺りに自生していた「カジノキ」。クワ科の植物で、繁殖力おう盛ですが庭木には向かないそう。
「この角度から見たらどうでしょう?」。1枚の写真から記憶をたどり、むかし探しの旅は続きます。
現在の地図との対比が書き込まれたふせん。ほかにも「○○さんの家」「床屋」など具体的な情報が、どんどん書き込まれていきました。

古い写真から何が見える?
みんなでつくる梶ヶ谷の今昔マップ

モノクロの写真に写る古い看板や、丸っこいレトロなバスと“謎”の文字。印象的なチラシに心引かれ、第4弾となる『高津区ふるさとアーカイブ』ワークショップに行ってきました。会場には、25人ほどの人が集まり、梶ヶ谷の“むかしを探す旅”がスタート。

まず、地元に古くから住んでいる方から、梶ヶ谷地区の情報を入手します。一人目の吉田知敬さんは、2説ある町名の由来(「梶の木の谷戸」「鍛冶ヶ谷」)と、人口統計・町の変遷を、体験談も交えてレクチャー。続いて村田忠禧さんが、1881年から約60年の間はほとんど変わらなかった町並みが、1964年からのわずか6年間に激変したという興味深い話を、地図や写真を使って解説。お二人の話から、1966年の田園都市線溝の口・長津田間開通に伴い区画整理が行われた年代に、梶ヶ谷の町の姿が大きく変貌を遂げたことが分かりました。

休憩を挟み、簡単なゲームで頭と体をほぐしたら、いよいよ梶ヶ谷の今昔マップをつくるワークショップが始まります。用意された古い写真を見ながら、思い出や気が付いたことをふせんに書いて、現在の地図に張っていくという方法で進みます。参加者に聞いてみると、梶ヶ谷になじみのある人はもちろん、「よそから越してきたので梶ヶ谷のことを学んでみたいと思って」とか、「地形に興味があり、梶ヶ谷は等高線の形が特徴的なので」など、きっかけはさまざま。中には、「チラシに今住んでいる所の昔の写真が使われていたので」という方もいて、「昔はここ(自宅)に道路が走っていたなんて」と驚いたそうです。

最初は遠巻きにしていた皆さんが、気になる写真を囲んで集まり、だんだん人の輪ができていきます。慶應義塾大学の民族学考古学専攻の学生さん4人も加わって作業は進行。ただの“畑”としか認識できなかった写真も、学生さんの聞き取りから話が弾み、「この左側に小学校があったかな」「右側には神明社があったかも」など、どんどん記憶が呼び覚まされ、場所が特定されていきます。

昔話に花が咲く和やかなムードの中、白地図が思い出の詰まったカラフルなふせんで埋まり、今昔マップが完成! 参加者からは、「お話も分かりやすく、梶ヶ谷に、より親しみがわきました」「東北出身だけど、昔の風景って、みんな似てるね。懐かしくなっちゃったよ」など、満足の声が寄せられました。

今、何気なく歩いている場所も、ちょっと前までは畑が広がっていたり、細い道が通っていたりしたかもしれない。そう想像すると、自分の住んでいる町の“むかし”を探してみたくなります。まずは、子どものころのアルバムを開いて、自分の記憶をたどることから始めてみようと思いながら、会場を後にしました。

※このワークショップの成果は、これまでに高津区が収集した資料と共に「高津区ふるさとアーカイブ」やiPhoneアプリ「たかつぶらり」で公開されます。

更新:2015年2月13日 取材:2015年2月1日

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